高橋暁子のソーシャルメディア教室

ITジャーナリスト高橋暁子のブログ。ソーシャルメディア界隈のこと、IT関連ニュースのこと等をメインに取り上げます。

mixiの本を日本で一番書いている私がmixiのことを語る(2)

その1はこちらから(http://akiakatsuki.hatenablog.com/entry/2013/03/26/110358)。

 

一時20代の8割が利用していると言われており、飛ぶ鳥を落とす勢いだったのに、失速しているmixi

訪問者源が続いていることは、あらゆるところで報じられている。 凋落ぶりは、「身売りを検討している」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120514/232015/)とまで報じられたことからも分かる。

これは飛ばし記事だったわけだが、こんなことが報道されてしまうこと自体、非常事態と言える。

 

ここで、mixiの成功した理由についてまとめてみよう。

 

その1 SNSとして開始時期が早くタイミングが良かったこと

今から9年前の2004年3月、SNSが米国で流行したのをいち早く察知した「イー・マーキュリー」(後のミクシィ社)のバタラ氏により、mixiは作られた。

mixiの成功は、何よりもSNSとして開始時期が早く、タイミングが良かったことだ。

SNSのようなサービスは、先行者利益が大きいということが知られている。

最初に友人ネットワークを築かせることができたことで、ユーザーが他に移るコストが高くなってしまったのだ。

おかげで、小さなベンチャー会社発にも係わらず、その後にペパボの「キヌガサ」やYahoo!の「Yahoo!360」を寄せ付けなかった。

 

その2 他に収入源があって安定していたこと

当初mixiにはビジネスモデルが何もなかったが、同社には他に「Find job!」という収入源があったため、サーバー等にお金がかかっても安定して供給することができた。

なお、mixiと同時期に始まり当初はリードしていたGREEの失速は、サーバーが不安定だったためと、携帯電話対応が遅かったためだ。

当時楽天社員だった田中良和氏がほぼ一人で対応していた上、サーバー代はキャッシングしながらまかなっていたくらいなのだから、できるはずがなかった。 (http://business.nikkeibp.co.jp/article/nmg/20100830/216020/

やぶれたGREEの転身は早かった。

その後ケータイゲームサイトの方向に向かっていき、MobageGREEソーシャルゲーム二強となったことは記憶に新しい。

 

その3 女性にターゲットを絞り、女性層が確保できた

mixiの初期デザインは女性に好まれるものを意識していた。

基調からしてオレンジだ。デザインも可愛らしく、ほんわかしたものとなった。

GREEのビジネスライクなブルーのデザインとは一線を画していた。

他のWebサービスと違って、mixiのユーザーは女性の割合が高いと当時驚かれたが、女性に好まれるサイトにすることに成功していたわけだ。

 

その4 検索できないところが新しかった

ブログが流行ったのが、2004年頃からだったと思う。

それに伴って、「ネットってちょっと面倒くさいよね」という雰囲気も生まれていた。

ブログは世界全部に向けて発信するものだが、みんなが世界に向けて発信したいわけではなかったのだ。

おまけに検索されるし、知らない人にからまれるし、コメントで荒らされる。

そのようなことがないネット空間で、自由なことが書けたら。

そのニーズをがっちりとすくいとったわけだ。

 

その5 出会いがあり、動きが見えたこと

これは、SNSというものがなぜ頻繁にログインしたくなるかということでもある。

見る度どこかに動きがあるサイトというのはなかなかないが、SNSならある。

しかも、自分の友達が自分をどう思っているか(関心があるか)が、「足あと」「コメント」などで分かるわけだ。

普段会えない友達とも気軽に交流ができる。 知らない面白い人とも出会える。 新しい情報が飛び込んでくる。

これは、多くの人を熱狂させた。

 

その6 招待制だったこと 

mixiはオープン→招待制→オープンと会員登録の仕組みが変わっている。

ブレイクしたのは招待制の頃からだ。

「招待制」はこの場合うまく働いた。

招待されたいのにされないmixi難民がいたくらい、みんながmixiを使ってみたいと思っていた。

 

 

以上が、私が考えるmixiが成功した理由だ。

次回は、なぜmixiは失速したのか?今後どうすればいいのか?について書く予定だ。

 

 

 

今はこっちになってしまったよね…